ボンクラーズ・米長永世棋聖戦の感想の感想

2012/08/21コンピュータ将棋, 電王戦

下書きしたまま投稿しそこねてた記事を発掘したので、掲載します。やや時期を外しているとは思いますが、ご勘弁。

今年の1月に「第1回 将棋電王戦 米長邦雄永世棋聖 vs ボンクラーズ」と題して米長邦雄永世棋聖と第21回世界コンピュータ将棋選手権優勝者のボンクラーズとの対局がありました。対局や指し手についての感想や評価は別記事に書きましたので(米長永世棋聖・ボンクラーズ電王戦感想)、この記事では対局について一般の方が持ったであろう誤解について書きたいと思います。


Q.序盤は定跡が入っていて完璧?

A. 棋譜(前例)が記録されているだけです。

定跡と聞くと大抵の人は市販の定跡書を思いうかべるでしょう。分岐が詳細にかかれて「これにて先手良し」などと書かれている本です。しかし、ほとんどのソフトでは単にプロの対局棋譜が大量に記憶されているだけです。ソフトはそれらの棋譜の中からある基準(乱数など)で指し手を選んでいます。定跡と言うよりも「前例データベース」が正確ですね。一部のソフトは「この手は悪手なので指さない」ようにしていますが、プロ間でも定跡の進歩は著しいので、ついていくのは大変だと思います。

ですから、プロの実践に現れない手順(棋譜が手に入らないものも)は基本的には定跡外になりますし、既に評価の定まった悪い局面にも平気で飛び込んでくることがあります。端歩の有無などでまったく同一局面でない場合も定跡外になります。


(一部ソフトでは少しぐらいの違いは定跡と見なすものもありますが、その方がいいかどうかは不明です。端歩の有無でまったく違う局面になることもありますし)

実際、ボンクラーズが定跡書(豊島将之の定跡研究)にも載っている先手有利な手順(角換わり腰掛け銀先後同形・富岡流)に後手番で飛び込んでいき、負けた例がいくつか存在します。富岡新手までは定跡書(角換わり腰掛け銀研究)にて先手負けとされていた局面ですが、2008年の第66期順位戦C級1組9回戦で評価がひっくり返りました。



また、入手できる棋譜には古いものも多いことから、コンピュータ側は古い戦型を選びがちですし、棋譜が全てチェックされているわけではないので、こんな話も。

質問「ちなみに、今ボナンザに入っているのは何局あるのでしょうか?」

保木さん「だいたい5万局ぐらいで、5万局もあると目が行き届かなくて全部プロではないと思います。アマチュアのも入っていると思います。この前、『大山康晴対吉永小百合』っていうのも入ってて」
日本将棋連盟ツイッター支部 : 勝又教授のコンピュータ将棋「あから講演会」part5



Q. それらの最新定跡も登録すればいいのではないか?

A. 2つ問題があります。

まず、定跡手順の入力自体が大変だということです。過去の膨大な定跡を全て手入力することはまず不可能ですし、しかもそれぞれの手について評価を設定しないといけない。評価がひっくり返った手順もありますので、それらの訂正も必要です。
(2010年発売の激指定跡道場2の定跡講座でも富岡新手4四角は評価なしになっています)。

また、水面下の研究にて結論がでたために、定跡書やプロの実践には現れない変化もあり、全てを入力するのは無理だと思われます。プロ間では結論が出ていた局面に郷田九段が飛び込んで負けた対局はかなり話題になりました。




事前にコンピュータで深く局面を読み、それを定跡データベースとして搭載しようという試み(定跡の自動作成に取り組みます – ひよこ将棋、はじめました。)はあるようですが、計算量が莫大になるため、なかなか難しいようです。

Q. 人間がボンクラーズに勝った棋譜をなぞれば勝てるのでは?

A. コンピュータ側はまったく同じ手を指すとは限りません

先に述べたように、定跡(前例)のどの棋譜を採用するかを乱数にて決めています。また、コンピュータ将棋は「相手の手番でも考える」ので、人間側の思考時間の長さによって手が変化することがあります。


Q. 序盤の定跡外しは意味が無い?

A. なんとも言えません。

持ち時間がある将棋の場合、前例データベースにある手順であればコンピュータ側は持ち時間を使わずに指してきます。定跡を外せば序盤から時間を使ってきますので、時間の面では有利になる「可能性」はあります。その代わり、人間側も定跡が使えず力将棋になりますので、有利になるかどうかはなんとも言えません。
一方的な研究局面に持ち込めればいいのでしょうけど…




Q. 持ち時間3時間ならかなり深く読めるのでは? 昼休み休憩時間も読めるのはずるい

A. 時間配分をどうするかは、コンピュータ将棋の課題です。

人間であれば「ここは深く読むべき局面」を判断できますが、コンピュータにそれを判断させるのは難しいです。実際、現在のボンクラーズは持ち時間ごとに決まった時間だけ読んでいるようです。電王戦プレマッチのボンクラーズは1手1分弱の設定になっていたようで、持ち時間の15分の間も律儀に1分ずつ使っていました。人間ならもっとメリハリのついた時間の使い方をするでしょう。


コンピュータ将棋, 電王戦

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