沖縄県将棋連合会設立と羽生棋王来沖(1991年)

沖縄の将棋の歴史

1991年5月20日(月)の琉球新報朝刊25面に沖縄将棋連合会設立の記事がありました。

会長に星雅彦氏 - 県将棋連合会が発足

沖縄県将棋連合会の設立総会が十九日、宜野湾市宇地泊の日本造園本社ビルで開かれ、会則、役員を決めた。

琉球新報 1991年5月20日(月)朝刊25面

沖縄最初の将棋大会(1959年) 」で書いたように、「75年5月には、星雅彦を支部長とする日本将棋連盟那覇支部」があり、それから16年を経て連合会になったようです。


第四回竜王戦将棋大会

ちなみに1991年5月20日は、連合会設立と同会場にて第四回竜王戦将棋大会も行われています。この当時はABCの3クラス。段級位による区分はほぼ現在と同じですね。その後、上にS級、下にD級が増えたのでしょう。A級の参加人数は46人とかなり多く、大会運営は大変だったと思います。

A級(有段者)、B級(1級以下)、C級(5級以下)の三クラスに計百人が参加、熱戦を繰り広げた。
(中略)
A級には四十六人、B級二十人、C級三十四人が参加した。

琉球新報 1991年5月20日(月)朝刊25面


琉球新報にアマ大会観戦記掲載が始まる

連合会設立の1年前、1990年5月29日(火)の琉球新報夕刊から県大会の観戦記掲載が始まります。夕刊テレビ欄の下という一等地。それまで棋王戦が掲載されていたのを一時休載し、第9回県王位戦(第13回宗像王位戦の県予選)の観戦記が掲載されました。その後、一時中断(棋王戦再掲載のため)がありましたが、継続して観戦記が掲載されて今に至ります。実に四半世紀以上も観戦記掲載が続いているわけです。実に素晴らしいことだと思います。この後は観戦記を追うだけで県内将棋界の動きが把握できるようになります。

琉球新報1990年5月29日(火) 夕刊10面


羽生棋王の来沖

1991年7月14日(日)、県将棋連合会の発足を記念し「プロ棋士による将棋セミナー」が行われました。会場は今回も日本造園本社ビル。将棋関係でよく使われていたのでしょうか?
来沖したプロ棋士は、羽生棋王・先崎NHK杯選手権者・森内五段というスペシャルメンバー。

琉球新報 1991年7月13日(土)朝刊30面


セミナーの模様は7月15日の朝刊に掲載されています。県内の将棋愛好家・家族連れら120余人が参加したそうです。今、この3人が来沖したら数千人規模でしょうね。
「来県中の森雞二九段も姿を見せ」とあり、実に豪華なセミナーだったようです。

琉球新報 1991年7月15日(月)朝刊27面


沖縄の将棋の歴史

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